福島県伊達市 "ほどよい田舎"に来てみませんか?

伊達の魅力つれづれ紀行・名峰「霊山(りょうぜん)」の魅力①

元地域おこし支援員 浜田です。

 先月より始まりました「伊達の魅力つれづれ紀行」、初回は霊山太鼓の魅力を2回にわたりお伝えしましたが、今回からは名峰「霊山(りょうぜん)」の魅力について3回シリーズでお届けします。

「霊山」は伊達市を代表する観光スポットであることは誰も疑う余地のない事ですが、実は全国的にはあまり知られていません。私も3年前に伊達市に移住するまではこの山の存在をほとんど知らなかったのは事実です(東京の人の大半はこの山の漢字を“れいざん”と呼んでしまいます)。
そんな私ですが、伊達市来て早々近隣の知人を通して霊山の山の案内人会である「霊山道先案内人会」に強引に入会させられてしまいました。たいした登山経験のない私で不安が先立つばかりでしたが、あれから3年、今ではこの山の全てを包み込むような奥行きの深さに自分自身すっかり魅了されてしまい、かれこれのべ100回近くの霊山登山経験者となりました。コラムとしてどこまで伝えられるかは心配ですが、案内人目線での霊山の魅力について触れてみたいと思います。

秋の霊山

1.霊山の概要

霊山は伊達市の東部、相馬市の境界をまたがる標高825mの山稜です。春の新緑、夏の花々、秋の紅葉、墨絵のような冬景色と1年を通じさまざまな表情を見せてくれます。

霊山の特徴は大きく3点あります。

①奇岩奇勝の自然豊かな山

霊山は阿武隈山地の北端に位置する山ですが、緩やかな稜線の続く他の阿武隈山系の山々と違い、霊山は断崖絶壁の続く荒々しいダイナミックな山です。

これは、霊山は1500万年前の火山活動によって生まれた山が起因です。近隣の同じ火山である吾妻山連峰や安達太良山の成立年代が30万年~50万年前と比べると格段の古さである事が判ります。長い年月の間に風化が進み、現在は一般の円錐型の火山の形状はでは全くありませんが、山麓には花崗岩・角礫岩が奇岩怪石として残り、その景勝は全国でもまれに見る自然公園です。1948年に福島県の県立自然公園に指定されました。

エイザンスミレ

ヤマスカシユリ

②山歩きが楽しい山

霊山は2007年に設定された新日本百名山に指定されました。福島県では吾妻山連峰(一切経山・西吾妻山)、安達太良山、磐梯山に並ぶ名山です。他4山と違いなぜ標高が千メートルにも満たない霊山が新百名山に指定されたのでしょう?これは、ただ頂上を目指す山登りではなく、登るプロセス自体を楽しめる山。つまり、途上で様々な見どころスポットがコンパクトに配置され、どなたでも気軽に登れる山と評価されたからだと思います。先日、中学校の生徒たちをご案内した時、生徒の皆さんは、“ここは自然のワンダーランドだ!”と喜んでいました。

宝寿台の登り梯子は若者たちの人気スポットです。

急崖をへばりつくように歩く親不知子不知

  ③歴史深い山

今から約1100年前の平安時代、天台宗の高僧の円仁がこの山に霊山寺を開山しました。山上には100を超える堂塔伽藍が建ち、麓には3600もの僧坊があったと言われており、かつて「北の比叡山」として東北仏教の一大拠点となっていました。

また、約700年前の天皇勢力と武家勢力が衝突した南北朝時代には、南朝方の北畠顕家が義良(のりよし)親王を奉じ、陸奥国府を多賀城から霊山へ遷し、ここに霊山城を構え、北朝軍と争う歴史舞台となりました。残念ながら山上の建物は北朝軍により全て焼かれてしまいましたが、壮大な歴史ロマンを秘めた霊山は、1934年に国の史跡・名勝に指定されました。

霊山寺跡(寺屋敷遺跡)を埋める春のニリンソウ

このように自然から歴史に至るまで霊山はさまざまな表情と魅力をもった山です。
ただ、霊山の魅力を本当に味わうには実際に登ってみないとわかりません。
次回は浜田が厳選した霊山のおすすめビュースポットをご紹介しますので、この情報を参考に是非霊山登山を楽しんで下さい。

この記事を書いた人

浜田 和彦
山口県出身。
30年以上勤務した東京のIT企業を退職後、2018年7月に伊達市の地域おこし支援員として赴任。
主に担当地区(霊山町大石地区)の魅力発掘や、山案内人として名峰霊山のプロモーション活動を実施。
地域おこし支援員は2021年6月末で3年間の任期を終了。7月より「かもしか創生舎」として独立し、伊達地域を中心とした新たな地域おこし活動を推進中。
趣味:楽器演奏(バンド活動)、街道歩き

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