2015年5月に伊達市霊山町泉原地区の地域おこし協力隊(支援員)に着任した。
この協力隊の素晴らしいところは、
任期中は仕事・車・家・地域との接点を自治体(地域によって多少変わる)が用意してくれること。
伊達市に来て最初の住居は制度の地域おこし協力隊の恩恵で市が準備してくれた住居に住んだ。
地図上で小学校が横にあるのが気になったが、折角用意してもらったというのもあり受け入れた。
実際現地に行ってみると、驚きの事実が。
小学校が横にあるのではなく、小学校と幼稚園の敷地内にある一軒家だったことが判明。
(グーグルのストリートビューでは敷地内には見えなかった)
用務員さんの待機場所かと思ったその建物は、校長住宅と呼ばれ、
県内を転々とする校長先生の単身赴任用住宅だったものだそう。
当時は震災の影響で除染作業員が賃貸物件を借り占めていたので選べる物件が少なかったとはいえ、
現地に赴き物件を見なかったことを後悔した。
後悔する数々の事例
・毎年6月初旬に風呂場にシロアリの成虫が数百匹出現する
・小学校の父兄が庭に侵入、草刈りが開始され家庭菜園が壊滅する
・家の壁にボールを当てして遊ばれる、児童が玄関に入ってくる
・家の鍵が壊れていて、外出の際は南京錠を掛けなくてはならない
・運動会の時に台所の窓の下へテントが張られ、休憩場所と化す
・小学校横の家に変なおっさんがいると通報されないか心配になる
様々なこと悩まされ、田舎での素敵な生活とはかけ離れることになったが、
移住して2ヶ月位の時に酔っぱらって県道のど真ん中で寝てしまったことが田舎ネットワークで発信され、
良くも悪くも自分の存在が認知され、それからは吹っ切れて住み心地が良くなった。
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