福島県伊達市 "ほどよい田舎"に来てみませんか?

古民家サバイバル①

福島に来てから2度引っ越しをしました。
現在は街場の貸家に住んでいるのですが、以前は山あいの築70年ほどの古民家で暮らしていました。

伊達地方はかつては養蚕が盛んで、1階を住居に、2階の梁のむき出しになった天井裏を蚕部屋として使っていた古民家が今でも多く残っています。
だいたいが天井裏のほうが広く、茅葺屋根にトタンを被せたものが多く見られます。
ぼくが借りた家も、規模は小さいものの、そんな養蚕を営んでいたところでした。

もちろん、不動産屋で仲介してもらった物件ではありません。
「地域おこし協力隊」の任期中は、自治体が提供する住居を無償で借りることができましたが、その任期も終わりに近づき、地域には残りたいけどさて家をどうするかとなったとき、地域の人のはからいで空き家だったその家を借りられるようになりました。

ちなみに「空き家」には大きく分けて3つあり、損傷が激しく居住不可能なもの(ほとんど野山と一体化しており、タヌキやハクビシンなど野生動物の住居となっているもの)と、ほとんど手入れされておらず改修に膨大な費用がかかるものと、ある程度管理されているが故に「他人には貸せない」ものとあります。
田舎の場合、親戚など「関係者」が多く、すべての人の了承を得ないと貸せないという事情もあるようです。
とにかく状態のいい空き家は、お盆や正月や墓参りのときなどに使われている可能性が高く、なかなかヨソモノは借りることはできないのですね。

当たり前ですが、空き家になってから時間の経過が少ない家の方が状態はいいです。
家も生き物であり、人が住んでこそ呼吸できるというもの。
人が住まなくなり、足音の聞こえなくなった家は、あっという間に朽ちていきます。

ぼくが借りた家は、現在は埼玉県に住む家主さんが「山小屋」と呼ぶ、時々墓参りなどで寝泊まりしていたところでした。
比較的状態はよく、家主さんが愛情を持って管理していたことがわかる家でした。

しかし(言うまでもなく)、時々寝泊まりすることと、毎日暮らすことは違います。
風呂のボイラーはなく、台所の床には穴が開き、天井板は雨漏りで剥離し、家全体が震災の影響で傾いている状態でした。

初めて家の中に入ったときは、正直絶句したものの、すぐに気をとりなおし、「よし、ここで快適に暮らしてやろう!」と決意したのでした。(続く)

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この記事を書いた人

山崎裕恭
1977年岐阜県生まれ。千葉大学教育学部卒。
東京で雑誌編集・広告制作に携わったのち、東日本大震災を機に伊達市地域おこし支援員として着任。任期満了後は市立放課後児童クラブの運営・指導を行いながら、さまざまな地域交流活動を支援。
ときどきコーヒー屋さん。社会福祉士。
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